ある年のお正月の話し
【ごめん、やっぱり帰るの明日になりそう】
【大丈夫だよ。無理しないでね】
【ほんとごめん
一緒に正月を過ごしたいって言ったの俺なのに…】
【気にしないで。
実家に居るよりゆっくり過ごしてて気楽だよ】
【明日の昼には必ずかえれから!】
【うん、わかった】
珍しく誤字のまま送られてきたメッセージへの返信に、既読がつかない。
それに、きっと忙しい合間に慌てて送ってきたのだろう村田が想像できて、佐々木は無理しないでほしいなぁと思う。
文字でのやり取りは仕事のメールくらいしかないから。慣れていなくて、どことなくそっけない文章になってしまう自分の返信を見返して眉を下げる。
『今年のお正月は一緒に過ごしたいな』
そう言った村田の言葉に、実家への帰省を取りやめにしたのは事実だが、それほど毎年帰っていたわけではないのだ。
村田の方こそどうなのかといえば、アパレルショップに就職してからは正月の初売り準備で帰らないのが通常になっていたらしい。むしろ、一般とは時期をずらして実家に帰っていたくらいだと笑って。
転職をして、今年はゆっくりしたお正月を過ごせそうだ、と、思ったのだが。
急遽、仕事が舞い込んだ。
同業者が風邪で年末年始のイベントの仕事に穴をあけてしまうと村田の所属している事務所へヘルプが入ったのだ。
同業者はライバルでもあるが、横のつながりと言う物は大切だ。特に小さな事務所なんかは他の穴を埋めると言った仕事は多い。とは言っても。
30日の夕方というタイミングで、年明けまでの緊急出勤して欲しいと連絡を受けた村田は顔をこわばらせた。
佐々木との約束と今後の仕事を考えて、明らかに迷う様子の村田に、電話の受け答えからなんとなく状態を把握してその背中を押したのは佐々木だ。とは言え、やはり村田の事だ、気にしてしまっているのだろう。
携帯端末をテーブルに伏せて佐々木はコタツに潜り込みつつ、村田には申し訳ないが、なんというか今年の正月は平和だな、と佐々木は思う。
もちろんきっと村田が一緒の方が良かったが、明日には村田がこの家に帰ってくるのかと思うとなんだか心がフワフワするのだ。朝から晩まで村田と一緒というのは同棲を始めて何回もあるが、連日となるとまだ数えるほどしか無い。
村田は残念がったが、明日から少なくとも3日は一緒なのかと思うと、佐々木はそれだけでも十分に幸せだなあと思いながら。
コタツでぼんやりとTVを見てるとうとうとする。このまま眠ってしまったら気持ちが良さそうだが、風邪を引いてしまったら残りの休日が勿体ない。そして何より村田を心配させたくないな、と。佐々木はコタツからふらふらと這い出て、寝床を目指そうとして。
「んー……そういえば今日見る夢は初夢か……」
ふとそんな事を思いだす。
そしてくるりと、半ば睡魔に片足を突っ込んだまま踵を返した。そして向かった場所は、そこのほうが、よく眠れそうだと思ったからだった。
+×+×+
疲れた、と思いながら村田はなるべく音を立てないようにマンションの鍵を静かに開ける。
「もう大丈夫だ、ホントに悪かったな」と、自身も顔色をくすませながら、申し訳なさそうに謝る雪川の言葉に現場を上がらせてもらったのは深夜1時を回った頃だった。
シンと、空気も冷たく静まった部屋に村田がブーツとコートを脱ぎ捨てる音が思いのほか響く。
佐々木は寝付きのいい方なのできっと多少の物音じゃ起きないだろう。壁の薄いアパートで長年暮らしていたせいか、むしろちょっとやそっとじゃ起きない佐々木を心配するぐらいなのだが、それはそれ、これはこれで、なるべく静かにバスルームへと向かう。
スタイリストがクサい、とかはありえない。連日泊まり込みで服もシャワーも借りて浴びてはいたが、冷え切った体を温めたいとざっとシャワーを浴びる。
明日はゆっくりお風呂に浸かりたいな、と思いながら、脱衣所で頭を拭いているうちにすぐに冷えてくる身体に、シャワーを浴びる前にエアコンで寝室を温めておけばよかったと後悔をする。
しかし、寝室の扉を開けた瞬間、暖かい空気がふわっと溢れて驚く。
部屋が暖かい。
もしかしてエアコンの電源を消し忘れた? と思うが、その考えはベッドが目に入ってぱっと離散した。
こんもりと盛り上がった掛け布団。ソレが規則正しくゆるゆると上下している。
村田は口の端が引き上げて、そろそろと布団をめくって『隙間』に体を滑り込ませる。
起こすだろうか、と心配したが少しモゾついて、すぐに佐々木はまた規則正しい寝息を立てた。
村田は自身の身体が布団の中で温まるのを待って、そのほかほかの身体をそっと引き寄せて抱き込む。いたずらなんてするつもりもはない。流石に体力も気力も尽きている。
ただ、くっつけたところから混じり合ってゆく体温がひどく愛おしくて心地が良いな、と思いながら。
ああ、良い初夢を見られそうだと、村田は目を閉じた。